JIMOTY NEWS  伝統工芸品など
河内木綿
http://www2.odn.ne.jp/~cav06250/
2003.10撮影
 もうほとんど実?は開いていましたが収穫されずに畑に残っていました。

八尾を中心とする河内地方では、江戸時代から明治にかけて広く綿作が行なわれていました。農家では副業として自家産の綿を紡ぎ、織物に仕上げました。これを河内木綿といいます。河内木綿はすでに元禄年間、高安山麓の「山根木綿」や「久宝寺木綿」の名で知られていましたが、大和川の付け替え以後、旧川床を利用した畑で本格的な綿栽培が行われるようになると、その生産は飛躍的に伸びました。

当時の綿は繊維が短く糸が太いため、布地も厚く耐久性にすぐれ、庶民のふだん着の他、のれん・のぼり・蒲団地・酒袋などに利用され、その名は全国に響いていました。

このような河内木綿も、明治にはいり機械化による安価な紡績糸が出回り始めると、しだいに姿を消していきます。

現在では、市内在住の西川悠子さんや村西徳子さん・寺尾和一郎さんをはじめ、河内木綿を愛する多くの人々の手によってその技術が復元・継承され、郷土の誇る伝統工芸として新たな脚光をあびています。
「八尾市図書館 八尾を知る」より参照

大阪金剛簾
http://www.kougei.or.jp/crafts/0703/d0703-4.html(作業風景)
                  特産すだれ守ろう

業者河内長野に資料館オープン

国の伝統的工芸品に指定されている南河内の「大阪金剛簾」を守り育てようと、国内外のすだれを集めた「すだれ資料館」が河内長野市天野町に開館した。製造の歴史も紹介し、家族連れらでにぎわっている。
 南河内地方は上質の真竹が多く、江戸前期に京都から製法が伝わって、すだれ造が盛んになった。「大阪金剛簾」として、一九六〇年ごろは全国有数の生産量を誇ったが、使用家庭が減るなどして年々衰退。危機感を抱いた河内長野市のすだれメーカー「井上スダレ」が、製造の歴史を伝えるため、社の敷地内に資料館を建設した。
 富田林市内で保存されていた百二十年前の金剛すだれや、中国のすだれなど十五点ほどを展示。朝鮮半島を経由して伝来した歴史に加え、竹から直径一_以下のひごを作り、一本ずつ糸で結ぶ工程も、ビデオや写真などで紹介している。
 井上スダレ常務、堀川桂右さんは「すだれの良さを再認識してもらえたら」と話している。開館は月1金曜の午前十時−正午と午後一時−四時。入館無料。予約が必要。問い合わせは資料館(0721・53・1336)。(読売新聞4’09’05)
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